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旅とアートとクリエイション。

関西圏を中心に、博物館、美術館をはじめとするアート展、音楽、ファッション系など、興味を持ったり行ったイベントをアップしていきます。

感じたままに忠実に。絵画がヘタウマ・未完成に見えたワケ。

アート・絵画・書 開催中・開催予定のイベント情報

 

さてさてそんなわけで、前回記事のデトロイト美術館展に行って参りました。

場所は、天王寺公園内の大阪市立美術館

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建物のオフホワイトに、映えるイエロー。

以前浮世絵の美人画を見に行ったときは、入口ピンクでしたね。

color-image.hatenablog.com

だからというわけじゃないんだけど、たまたまこの日は上下イエロー配分多めコーディネート。

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傍から見てどうかは分からないけど、イエロー好きなもんで。

 

 

入口入ってすぐ、デトロイト美術館の壁画のレプリカが見れます。

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これ見たときはなんなのか分からなかったけど…。

ディエゴ・リベラという画家の作品なんだそうな。

って彼の名前もおそらく初めて聞いた。あのフリーダ・カーロの旦那さんなんだって。

フリーダ [DVD]

 

情報を繋げ始めたらキリがないんだけど…。

 

***

 

後になって思ったのが、来る前にこの絵画展について、ちょっと予備知識を入れとくともっと楽しめたかな、ということ。(詳しくは売店コーナー横に映像コーナーってのがあって、それを観ても主旨はざっくりと分かるようになってんだけどね。最後に気づいて観たもので)

 

デトロイト市、一時はモーターシティと言われてたけど、その後自動車産業が不調になったらしく、2013年に財政破綻。 

その時に デトロイト美術館も、存続の危機に陥ったらしい。

美術品があわや売り払われるかというところで、奇跡的に、各財団や自動車企業などの支援によって危機をまぬがれたそうな。

 

聞きかじった知識によると、美術館ってどこも、危機の時には財源にされがちらしい。

・アート < 飯の種

って思うのも分からんではないけど…なんか悲しいよね。

ほかならぬ、「飯を喰う」意義を与えてくれるのが、アートだったりするのに。

普段からどれだけその都市や市民が芸術を大事にしてるかは、こういうとき問われるのかもしれないと思った。

 

 

8月の火・水・木に該当したため、写真撮影可。

ただし作品によっては、こうやって注意書きもあります。

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もう一つ、知っておくとよかったなと思うのが…印象派というのがどういう流れで出てきたかってこと。

 

なんか、「光を表現する手法」的なイメージよね。美術の教科書とか、色彩検定を受けたときに少しは学んだものの、詳しくは知らなくって。

だから、最初にぐるっと回っただけではポイントがつかめず、実は感想もそれほど湧いてこなかったの。

 

で、あとになってじわじわと「あー」って実感されてきた。

 

 

ひとつ例を挙げると、アンリ・マティスの『窓』という絵。

有名な絵なので、どこかで見て、知った気になってたんだけど…。

近づいてよーーーく見ると…えらくざっくりしてるのよね。

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黒くしっかりと縁取ってるところもあれば、輪郭がテキトーでぼんやりしてるところもある。テーブルの右側の脚とかね。

テーブルや椅子なんて、ヘタウマ絵なのか?というくらいベッタリとしてフラット。

 

それはそれでこの絵の愛嬌にも見えるんだけど…。

果たしていったい絵画の「完成」ってどこに決定打があるんだ?と一瞬ハテナになった。

 

そこで、後から入った知識によると…。

 

印象派以降(コトバがざっくりですが悪しからず)の表現は、そもそも完成を意図してないらしい、ということ。

その瞬間に感じた光を短時間で素早く描きとるために、筆致は粗め。筆跡はあえて、残す。遠近法もあえて、あまり使われない。

描き込まないことによって、「この描いた先の世界は刻一刻とこの先も変化していくんだよ」、というメッセ―ジを伝えてるのかもしれない。解説の映像ではそのようなことが言われていた。

 

へええ…西洋にしては意外にも、諸行無常?的世界観なのかしら。

 

で、先ほどの『窓』という絵も、遠巻きに見ると、窓から入る光が表現されていたのが分かる。右側の脚に輪郭が描かれていないことで、その部分が明るい印象になってるんだわ(これ実はブログを書きながら気づいた)。

これはあくまで私が感じたことに過ぎないんだけど…。

 

描いた人も「感じたまま」ならば、見る人も「感じたまま」という自由が与えられるのかもしんないね。

 

それまでの写実主義が、「見たものに忠実に描く」ことだとしたら、現実は1つ(に限りなく近い)ってことになる。その概念をもし打ち破ろうとしたのだとしたら、それはそれは革命だろうと思う。

 

同じ絵でも同じ風景でも、主観が入ると、違ったものに見えてくるよね。

現代だとそれは当たり前とも思えるんだけど…いや、そうでもないか。現代人の中にも、現実は、正義は、正解は相変わらず1つだと思っている人もいまだに多々いる(笑)。そういう人が大半な中で…。

絵画、とくに風景画なんかに「感じたまま」を感情込めて荒々しく表現するなんて。当時は伝わんなくて当たり前だったのかもしんない。

 

ついでに言うと、その当時、そんな理由で売れなかった印象派の絵画に目をつけたのが、デトロイト美術館だったらしい。

奇跡的に、危機から救済されたと思いきや、それだけの理由があったんだ。

 

***

 

そんなわけで、夕方までたっぷり観て美術館を出ると…。外にはこの空。

右側にアタマが見えるのが通天閣

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ドラマティックでしたわ。

 

 

大阪は、 ~9月25日(日)までだそうです。

 

www.detroit2016.com