人間社会、逃避行したくもなるけど捨てたもんじゃねえ。—『奇跡の2000マイル』
今日は映画観てました。『奇跡の2000マイル』。
女性が1人で、愛犬1匹、ラクダ4頭とともにオーストラリアを横断するという、実話を元にした物語。そしておそろしく無謀な砂漠の旅。
ちなみに今回この映画は、オーストラリアやアボリジニの出る映画はないかな、という基準の中で、DVDレンタルに置いてたものを借りたわけだけど…。
あれ…この感じ、なんか見たことあるかな?
と思ったら、よく引き合いに出されているのはあの映画だった。
『イントゥ・ザ・ワイルド』。
大学卒業後、1人アラスカに住むという決断をした、これまた無謀な男性の実話ストーリー。
観た当時の感想はこちらに書いてます。
どちらにしろ、主人公はちょっとした中2病であるわけだ。
無謀とかなんとかだけで分かった風になりたくない。自分の足で歩いて、肌で確かめたいという想いに突き動かされる。
どうりで私が、吸い寄せられたわけだ。
まあ物語の結末は、ある1つの決意をキッカケに、まったく逆の方向に向かうわけだけれども…(男女差というのもあるかもしんない)。
この映画は、実際に砂漠を旅した主人公の、こんな言葉で始まる。
どこに行っても居場所のない者がいる。私もそうだった。
———ロビン・デイビッドソン
同郷、同世代、というだけでは話を合わせることが困難な彼女。だからといって大自然の独り旅には出ないまでも、私自身ものすごく共感するところはある。
1977年にしても、現代版ジプシー?
↓こんな絵面が本当に成り立っていたのか、いささか不思議だけどね。
その他、イントロの共感できる言葉を挙げるとこんな感じ。
旅の目的は記録樹立ではありません。
理由を聞かれると、“やりたいから”と。
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都会生活は退屈です。
同じことの繰り返しでー
仕事も勉強も中途半端で
本気になれません。
自分勝手でネガティブな
同じ世代 性別 階級の人にも
うんざりです。
+++
1つの場所に行き詰まったら
思い切って飛び出すこと。
雑誌・ナショナルジオグラフィックに、旅の資金援助を依頼したものの、度重なる取材と演出めいたヤラセっぽい写真撮影にうんざりする彼女。
自分をどこまで貫いて生きていけるのか?
どこまで俗世に染まることを納得できるのか?
まさに私が、これまでも自問自答し続けてきて、これからもいくばくか悩むだろうなという葛藤を乗り越えて、生き延びていく女性でした。
野生の動物ですら、ひからびて死んでいく過酷な砂漠では、人間なんて所詮人の手を借りずに生きてはいけない。
そういう現実にぶちあたる一方で。
でもだからこそ、孤独にならずに済む面もあるんだよね…。
東京砂漠…つーか、都心でもそれは同じ。
理解しつつも、打ち解けられない自分をどうしていいものか。
どんな人になら心を開けるのか。
***
この映画の中盤に、アボリジニの集落と、案内人のおじさんが出てくる。
ちなみに私がアボリジニの文化にハマったのはこちらあたりから。
彼女、ロビンの砂漠の旅は、アボリジニの人々にもシンパシーを感じるものがあるらしく、語り継がれているくらいなのだとか。
アボリジニは、自然の声が聞ける不思議な民族なんじゃないか…?と思ってたけど。
しかし、そんなアボリジニでも、やはり砂漠には慎重になっている様子。ロビンの行く末を心配していた。
案内人になる、という彼の申し出を受け入れたとき、彼女の旅が少し豊かにふくらんだ気がした。ここが、イントゥ・ザ・ワイルドと違うところ。
彼とはアボリジニ言語での会話は通じない。
けど、道中の気持ちや苦労を分かち合う誰かがいるということは、旅の安全と同じくらい大事なことなんじゃないかって思った。
人間社会、面倒なことやエゴまみれのヤツラも多いし、時に逃避行したくなるけど。
捨てたもんじゃねえ。って思える作品。