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旅とアートとクリエイション。

関西圏を中心に、博物館、美術館をはじめとするアート展、音楽、ファッション系など、興味を持ったり行ったイベントをアップしていきます。

「明日も食いもんあるかどーか分からんくね?」という不安から、すべては始まった?

今日はこちらの記事の続き。

フラリと見に行ったアボリジニアート展が、子供の時代から抱いてたギモンが解ける大きなヒントのひとつになりそうだ、というところだったよね。

color-image.hatenablog.com

 

 

ちなみに但し書きを事前に。

この話は、私にとってはまだ情報量不足な点が多くて、舌足らずになり伝わらない可能性の方が多いんだけど。

それでも、これまでの経験や知識に照らし合わせると、いろいろ繋がりすぎて「おおぉ!」ってなる衝撃が多かったので、あえて予測不能なまま書き綴っている次第であります。

 

***

 

 

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子供のころから抱いていた違和感とは…。

 

なぜ人には上下があり、違う文化圏同士は理解し合いにくいのか(たとえば東日本と西日本、すらそうだったりね)。

なぜ1つのところで長を目指すことによって、他に所属することとが相容れなくなるとか。

言いたいことを言い、やりたいようにやるには、その資格や役職を得るために階段を登らなきゃいけないシステムだとか。

(実際にはその資格を得た人はますます何かを言いにくそうにしていることも多いが)

 

それだけじゃなく、大人はなぜよく「人生てそんなもんだ」と諦めめいたことを口にするのか。

そのくせ自分の人生を同じように進むことを強制したり、それが安全だと信じ込んでいるのか。

 

感じてることが言ってることと違うじゃんと思うことが多すぎて、大人になりたくなかった。

 

そんなときアボリジニアートを見て、そういうひずみや分離とは無縁の文化なんじゃないか?と直感的に思った。

 

 

で、その展示の話をしていたところで、友人が勧めてくれた本。これがまた、面白い!

アボリジニの世界―ドリームタイムと始まりの日の声

 

実際まだ全部どころか半分も読めていないんだけどね。でもあちこちに目からウロコポイントがあって。

 何から話せばいいんだろうね…うーん。


***

 

ひとつ理解できたのは、今のように、集団が枝葉にどんどん分離していく文化が始まったのは、「稲作が始まった時期」だという説がある、ということ。

いきなり何の話だ?となるのかもしれないが…。

アボリジニ(差別的な意味合いもあるらしく、以下オーストラリア原住民と表現)の人は稲作技術を知っているにも関わらず、それをチョイスしなかった、という経緯があるという議題から、そういう話が出ている。

 

彼らと私たち(いわゆる先進国の人間を便宜上こう呼ぶ)は何がどう違うのか。

 

稲作の話を読んで…そんなにさかのぼるんかい!というのが最初のリアクション。

少なくとも稲作が始まった頃なんて、現代の文明のカケラほどもなかったじゃないかと。今ほどまでにストレスフルなシステムじゃなかったし、少なくとも自給自足って「自然」なんじゃないの?と思ったんだけど。

 

もっと本質は深いところにあったんだよね。

 

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つまり、稲作を始めた動機というのが、「明日も食いもんあるかどーか分からんくね?」という不安から始まったものであり。

人力でその不安を解消しようとして、アタマを使って工夫し始めたところから入る。

 

今でいう「食うために働く」という表現が生まれたのは、きっとコレだろう。稲作による別の形態の労働が生まれたから、あえて「働く」ことをせざるを得なくなったんだ。

 

そこに生まれる、全体を統一するためのアレコレの決まり事。守るべきことが生まれ…。「人生てそんなもん」の正体は突き詰めると、これかもしれない。突き詰めた経緯は、今回かなりはしょっているが…汗。

 

 

一方、オーストラリア原住民の人は長らく、狩猟採取を貫いてきた。

上記に書いたように、明日も獲物を捕らえられるかは分からず、飢えないとも限らない。不安だってあるっちゃーあるだろう。予想に過ぎないが。

ここでおどろくべきなのが、…オーストラリア原住民達は、食料調達よりも多くのエネルギーを、宗教と芸術にかけていたということだ。

これはつまり、「明日も食えるかどうか」に不安のエネルギーを割くことをしなかったということ。

先進国と言われている我々ですら、ほとんどの人が芸術なんてまだ贅沢品と思いこんでいるにも関わらず、だよ。

 

 

今でこそ私も、心理学を学んだりして、「不安から行動するとろくなことにならない」という理屈を知った上でその体感もセットにして理解しているつもり。

でも、そもそもその智恵は遠い昔からあったんじゃないだろうか。その上で、一部の人間はやっぱり目先の安心を取った。もしくは安心を拡大させることに好奇心を抱いた。

 

そこから、システム化された社会が始まったということ。これが現段階の私の理解。

 

システムが始まると何が起こるかというと、人間のチーム化、分業、未来への計画、知識と技術の保存と共有、食料の保存、エトセトラ…。

 

つまり、上に書いた子供のころのギモンはここで解ける。

●なぜ人には上下があり、違う文化圏同士は理解し合いにくいのか。

●なぜ1つのところで長を目指すことによって、他に所属することとが相容れなくなるとか。

●言いたいことを言い、やりたいようにやるには、その資格や役職を得るために階段を登らなきゃいけないシステムだとか。

 稲作を持続し、発展させるためには、システム化と上下関係が必須だったのよね。

リーダーの言うことを聞かない人が出てきたら、これまで蓄えてきた知識と技術が台無しされかねないし、それで多くの人が飢え死にするかもしれない。

 

そういう不安と恐怖から逃れるためのシステムというのが基盤にあって…。

そのお米がいつしか、お金に変わっただけのことだったのかもしんない。実にざっくり言うと。

 

この話を読んでいて、つながったこれまでの知識のひとつが、この本。

 

人類最大の秘密の扉を開く ソウル・オブ・マネー 世界をまるっきり変えてしまう<<お金とあなたとの関係>

 

ここに書かれている、アフリカはセネガルにいる、ある部族の話。

水源不足に悩まされているという話はよく聞くと思われるが、この地区も例外じゃなく、過酷な地域だったのだそう。

ただ、なんとこの部族の女性は、水源が自分たちの内的ヴィジョンで見え、それを確信しているという。

 

実際に行ってみると、湖があったそうだ。

私たちには信じられない話だったりするが、人には言えないけど共感する人も、いるかもしれない。

 

こういう見えないものを見とおす力や確信は、誰の中にもあるのかもしれない。ただ、「確かなもの」を求めて、不安から逃れようとし続けた結果、見えるものしか信じられなくなる。

ともすると、稲作の延長にそのような文化が発展していったのかもしれない。

 

まあ稲作がすべてアカンわけはなくて、極端な発展を遂げたらそうなる可能性もあるよということに過ぎないわけだけど。オーストラリア原住民達が取り入れなかったのは、先々にそうなるということが見えていたのか、先祖からの教えがあったのか。

 

そして、狩猟採取民であるオーストラリア原住民達は、アフリカの水源の例のようなヴィジョンが、きっと常日頃から見えているのだろう。だからこそ、生きるためには食べ物そのものよりも、宗教や芸術の方がむしろ大事。そしてそれを確信しているに違いない。実際に、獲物のいる場所がヴィジョンで見えることもあるらしいし、動物の方から「自分を食べてくれ」と、身を差し出してくるような会話すらあるそうだ。

 

そうおもうと、いったい私たちは自分の何を信じて生きているんだろう。っておもう。

目に見えるもの。外にある何か。他人。組織。

心の声を無視して、外にあるリアルなものだけに頼っていると、それは弱体化して当然なのかもしれない。

 

かといって、ここまで読んだ(まだ、たかが本の途中だっての!)私には、オーストラリア原住民の人たちのような生活が営めるなんてちっとも思えない。文明バンザイ。クーラー効かせまくり。お金もないと困る。スマホはもはやオレの臓器。シカの解体なんてできねえ。

良いにつけ悪いにつけ、そのお蔭で今の生活がある。

 

きっと、彼らの得てきたインスピレーションや生き方から何か学ぶことで、文明バリバリに生きている私たちが、生き苦しさに気づいて、変えるきっかけにはなるんだろうな。

 

まだ自問自答の日々は続く…。